豊山 彬紘
とよやま あきひろ
Toyoyama Akihiro
夏、砂浜では子どもも大人も、砂で山を作り、トンネルを掘り、城を築いたりします。波や風がまもなくすべてをこわし、跡形もなく消し去ってしまうことを知りながら、我を忘れて砂や波と格闘しています。冬、雪が降り積もると雪ダルマや雪の洞を作ることに夢中になります。時間がたって暖かくなると、解けてなくなってしまうこがわかっていながら、何か形にしてみたいという衝動が心や体を動かします。子どものころの泥遊びに通じる自然との交流の姿です。
土、水、火、木、風などの自然に対して、人が働きかける最初の行為や行動に、人は何の代償や見返りも要求しません。自らを自然の中に置き、自然に働きかけ、自然の中での人間を感じることだけで満足しています。
人がものを作るとき、それが機能を持つ生活の道具であったり、芸術作品であっても形を作ることの根底には、自然に対し、無心に働きかける無垢の行為、人に備わっている造形エネルギーを確かめようとする、純粋な行為がなければなりません。無心の働きかけの中から、新鮮な形との出会いが生まれます。
やきものをする場が、いつでも得られる状況で、大切なことは、作る技術や経験だけではなく、作り手のやきものに対する姿勢やものづくりの考えです。
無心に作り上げた作品は、人がものや形を作ることの意味を感じさせてくれるとともに、生活を何倍も楽しくしてくれます。
やきものを趣味にする人や、やきものを勉強する人にとって、粘土での形づくりは、やきものの工程の中で非常に大切なことです。
私は、形づくりをしっかり確実なものにすることから、やきものづくり全体が理解できるようになると考えております。
また、形を作り、自己を表現することは、人だけが本来持っている特別な行為ですから、やきものを作り続けることは生涯の楽しみにもつながります。